125㏄のバイクでヨーロッパ一週チャレンジ!! 【本編①】 やっと再出発!!最初の目的地はボスニア!! 日本のパスポートは最強だった!!
こんにちは。ヒョータです。
今日はいつものようにヨーロッパ一周について書くよ。
さて、ようやくバイクを治すことに成功したわれら。
やっとこ出発である。ハンガリーからも出ていなかったし時間もかかったが過ぎたことは仕方ない。
さて記念すべき一日目は、バイクが壊れるまで通ってた道を延々となぞっただけなので、書くことがない。www
Benceも俺もスーパー元気である。
強いて言うのであれば野宿スポットくらいか。
この日は公園と畑の間のスペースにテント張ってそこに野宿した。
これだったかなー。なんか違う気がする。これ多分壊れる前の一日目のやつだわ。
これだわ!! だだっ広い自衛隊の演習場もかくやみたいな場所だったので人気は皆無。
むしろ野生動物に気を付けたいところだ。
さあ、何事もなく野宿を終え、ドナウ川で軽ーく体を流した後、ボスニアへ出発である。
二日目のルートはだいたいこんな感じだった。
ハンガリーから一瞬クロアチアに入りそのままボスニアに抜けるルート。
国境越えを二回したわけだが。要注意。
くそほど時間かかるぞ。
クロアチアやらボスニアやらはシェンゲン協定に加盟していないため、国境管理が行われている。 高速道路のインターチェンジみたいになっているので、そこで素直にパスポートを見せよう。
だがしかし、とんでもない混みようである。
3㎞くらいにわたって車が列を作っていた。
友達がバスで国境を超えたときはこれに三時間かかったとか言ってた。
マジでバスとかでここら辺の国境越えようとしてる人は時間に余裕持ってったほうがええよ。
まあ僕たちは幸いにもバイク。
ここはさすがの機動性で並んでいる車の脇をスイスイ抜けて国境まで5分程度で到達してしまった。ずるい!!ww 順番待ちの運転手の視線が怖いwww
そしてついに入国審査。
やっべー。前のアラブ人の車めっちゃ調べられてるwwwwww
後ろの荷物置きはまだしもボンネットも開けられてるし何より
全部の荷物道端に広げさせられてる
うわー、これ俺の荷台に積んでるやつもやらなきゃいけないのか―。ロープ外さなきゃいけないしすごくめんどくさいなー。とか思ってると、いかつい警察が
「Next!!」
とかいうから震えながらパスポートを出す。一応決まりなのでヘルメットも脱ごうとする。しかし
「おおーー!日本人か!!ヘルメットなんて取んなくていいし荷物もいいよ!!そのままいけ!チャオ!!」
え!?wwww
五秒で終ったんだがwww
何その前のアラブ人との対応の違いwww
差別?差別なん? それともあのアラブ人なんか悪いことしたん?
とにかく日本人ってただそれだけであっさり検問をクリアしてしまった俺氏。
日本のパスポートの強さを身に染みて理解した のであった。
ちなみにBenceもちょっと質問されたくらいで通ってた。けどそれでも3分くらい使われてたな。
本当に日本の高速道路のインターチェンジみたいな感じやったで。バイクで良かったよほんまに。
Benceと夕食。
ボスニアの山の中を走ってた時に見つけた山小屋で夕食。鯉の塩焼きでした。
鯉って日本ではえっ。。て思うかもしれんけど東欧とかでは普通に食べてる。
逆にタコとかはこっちではえっ。。て思われる。おもろいね。
クロアチアはあんまり道路状況変わらんかったけどボスニアから明らかに舗装の状態が悪くなった。
写真!!とっとけ昔の俺!!馬鹿か!!
まあ一つ衝撃的な写真を載せるとすればこれか。
ボスニアにはそこら中にぶっ壊れた建物とかがあって、なんか世界の終わりみたいな感じがするところだった。ボスニア内戦の遺跡かなとか思ってFacebookに投稿したら大学の友達が調べてくれてん。
俺訳:
やっほー。Facebookみて興味沸いたから調べてみたんやけど、ネットで同じ質問(なんでこんなにボスニアに廃墟が多いのか)がされてて、誰かがそれに「それらの建物はおそらく90年代の戦争で破壊されて、多分もう二度と再建はされない。山中の離れた田舎の生活はもう戻ってきていないし、これからも戻らない。」って答えてたよ。
ありがとうFruzsina!! こうやってFacebbokとかで疑問を公共の場で投げかけると、誰かが調べてくれるって本当にありがたい環境だなーって思った。
だって俺はWi-fi無いとインターネット使えないもんね。w
そしてこの日もこんなところで人も間違いなくいない(確実w)ので、ここでテントを張ったわけだが、あとから友達からここいらは地雷原だって聞いたときは冷や汗が止まらなかった。www
みんな!!ヒョータとの約束だ
。野宿をするときは必ずその地域に地雷があるかどうかを確認しておくんだ。
爆発するゾ!!
では!!